先日の11月11日に、中央大学が主催する人権問題講演会「手話で感じる世界」を聴講しました。
会場は、2023年4月に新しくできた茗荷谷キャンパス。とてもおしゃれでした!

講師は、12月16日と23日に放映される「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」にも出演される、ろう者の佐沢静枝さん。
聴講者は、私のような社会人の参加も多く、100名近い方が2時間にわたる講演を熱心に聞いて(見て)いました。

実は、講演会の開始早々に、頭が混乱してしまいました。
なぜなら、手話通訳者が、佐沢さんの手話による講演を音声で通訳をされていたからです。
過去に手話通訳者つきの講演会等を企画しましたが、そのときは、講演内容を手話に通訳するかたちでした。
このことによる先入観から、あれ??講演者はどちらだ?と混乱したのです。思えば、ろう者の講演を聞いたのは今回が初めてでした。
自分自身の思い込み、そして、これまでろう者の世界と接点がなかったことにまずハッとしました。
これほど長い時間、真剣に手話を見ていたのは初めてでした。
そして、何より、視覚言語である手話は、表現が豊かで美しく、イメージがダイレクトに伝わります。
講演中に、俳句を手話で表現されましたが、声で聴くより、はるかに情緒豊かで素敵な印象を持ちました。
講演の内容で印象的だったことをいくつか紹介します。
まず、聞こえる方は、「聴覚障害者」、「健聴者」という表現を使うこと。
一方で、聞こえない方は、「ろう者」「聴者」といいます。
そして、もし、全員がろう者だったら、情報保障があったら、困ることはないだろうと。
そのため、佐沢さんは、「障害者」とは聴者から付けられてた言葉であると先生から教わったとのことでした。
この話を聞いて、何より私自身が、自分自身を含めて「聴覚障害者」という言葉を多用していたことを反省しました。
そして、本人の問題ではなく、社会に問題があるため、手話通訳や文字通訳をつけることで障壁をなくす社会モデルアプローチと、ろう者の中にはろう文化があり、お互いの言語を尊重したうえで、コミュニケーションをとっていく言語文化モデルのアプローチが大切だと学びました。
米国のギャローテッド大学の第8代大学長で、初めてのろう者の学長であるアーヴィング・キング・ジョーダン氏は、次のような名言を残しています。
”Deaf people can do anything except hear.”
(ろう者は、聞くこと以外はなんでもできる。)
なんと勇気づけらえる言葉でしょう!
そして、社会の中で、ろう者、難聴者らの活躍を阻むものは、情報保障の外でのコミュニケーションです。
概要やポイントは書面にされますが、細かい情報が入ってこないことが、課題です。
例えば、大学の授業や会議などにおいて、書類で示される内容は限定的で要点のみであることが多く、細かい情報は、口語によるやりとりのものが多いことです。結果的に、状況把握が限定的であるため、認識や想いに温度差が生まれたり、会話でのやりとりのタイミングがずれたりすることで「空気が読めない」と思われることにつながってしまう。こうして、言語環境による格差が情報格差を生み、コミュニケーションの障害となっているのです。
これは、UDトークや文字チャットによって細かいやりとりが視覚化され、工夫次第で改善されるものも多いのです。周りの方の理解と協力で改善されることもあります。
そして、相手に出会ったとき、相手に合ったコミュニケーションができることが、本当の共生社会であるということといいます。
”「障害」ということばを超えて、自分らしく輝く” この想いを胸に様々な活動されているとおっしゃっていましたが、その想いは「ミミノバ」も一緒でした。
とても盛りだくさんの講演会でした。ドラマの放送も楽しみです!
