2月4日(日)に、元手話通訳士で中途失聴者の当事者である、森せい子さん(東京手話通訳等派遣センター センター長)の講演会(杉並区中途失聴・難聴者の会主催)に参加しました。主催者によると、現地とオンラインで合計85名の参加者が参加されたようです。
森さんの体験談は、特に補聴器をつけるようになったころに私が感じていた、孤独感やモヤモヤと似ており、数多くのことに共感しながらお話を伺いました。
聞こえることの「あたりまえ」と、難聴による辛さと喪失感
森さんは、聞こえていたときと聞こえなくなったときのことを改めて対比していました。
耳が聞こえることの日常では、
・音で目が覚めること
・目を合わせない会話が普通であり、電話でのやりとりや近所づきあいなどの多様なコミュニケーションがあること
・音楽を楽しめること
一方で、耳が聞こえなくなったことで、仕事も活動も全てやめてしまったとのことです。
なぜなら、聞こえで嫌な思いをしたり、対等にやり合えない自分が情けなくなり、苦しくなる場から逃れたかったからです。
そして、
・補聴器を隠す
・聞こえないふりをしている
・よくわからないけれど、空気を壊さないように、見せかけの笑顔でいた と言います。
私も、補聴器をしていることが恥ずかしかったし、補聴器専門店に入店するときには意味もなく、周りを気にしていたり。とにかく「補聴器をする自分」をすごく恥ずかしく思っていました。そのため、耳掛け式補聴器ではなく、耳穴式の目立たない補聴器を選択しました。また、高校や大学時代の「聞こえていた頃の自分」と交流があった友人との再会を極力避けていました。会っても、「耳が悪くなった」と打ち明けることはせず、飲み会の場でも、うまくやり過ごしていました。
耳が聞こえないという障害の受容はできるのか
森さんは、「聞こえなくなっても役に立てる」ことや「自分をさらけ出せる存在と居場所」に救われたようです。
ただ、月日が経つにつれて、障害の受容はできたのか、というと、いつまで経ってもできないし、聞こえない自分、疎外感やつらい経験などは今でも続いていると話します。しかし、20数年経って、「人から役割をいただけているおかげ」で、「今の自分はまぁまぁだよね」とやっと思えるようになってきたとおっしゃっていました。
私は、起業塾に参加し、これからの人生を考える中で、自分が何をしたいのか、何ができるのかを改めて考えなおす中で、「難聴者の役に立ちたい。そのためにミミノバを起業する!」と決意をしました。このことによって、難聴が障害ではなく、個性に変わり、ある程度の障害受容ができるようになりました。しかし、このように思えるようになるまでに7~8年ほどかかりました。それまでは難聴のことを周りの人に伝えるのも恥ずかしい気がして、自分をさらけ出すことができず、孤独感に苦しみました。
まさに、森さんがおっしゃていた、「聴覚障害者の心の問題」であり、
①集団での孤独感や会話ができないこと
②言語化できない
③人と関われないこと
④情報を習得できないこと に原因があるのです。
周りの人ができる配慮とは
コミュニケーションに苦労する聴覚障害者に対して、小さな工夫と配慮でできる配慮は実はたくさんあるとお伝えしてくれました。
まずは、「見て理解する」ことが基本になるということ。
そのためには、
①資料の事前又は事後提供
②見ることは1つにすること(資料を見ながら講師の話を聞かせるのは難しい)
③通訳や文字を見て理解して反応するまでに時間がかかるのを待つ
④口元や顔が見えるように話す
⑤同時発言はしないように促す
⑥難しい文章表現を避け、イラストや図を多用し可視化しやすい教材の工夫をする
このようなことを意識するだけで、コミュニケーションがとれて、安心できる「居場所」になります。
これからの人生を心豊かに生きるための貴重なお話をたくさん聞くことができました。
ありがとうございました。

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