お久しぶりです。なんと、気づけば2か月以上投稿がストップしてしまいました。
実は、2024年3月31日付けで、18年勤めた市役所を退職し、4月1日から会社員になりました。
それまで自転車で10分で着く職場から、電車で1時間半以上かかる職場に転職したこともあり、前職での後任への引継ぎや退職祝いがあり、新しい職場環境や人間関係の構築と生活リズム、担当プロジェクトの対応に慣れるまでかなり時間がかかってしまい、この2か月は精神的にもけっこうキツかったのでした・・・。
なぜ転職したのか
なぜ、遠くなる(もっと言えば、給与も下がる)職場へ転職したのか。
「公務員やめました」と伝えると、「もったいない」という人と、「良かったんじゃない」という人、大きく分けて2通りの人がいました。「もったいない」という人は、「安定」、「福利厚生や給与」、「働きやすさ」に価値観が置かれているように思います。一方で、「良かったんじゃない」という人は、「自分自身の人生」や「精神的な大変さ」を気にしている人のように感じます。
■私がやめた理由は、主には次の3つでした。
1 窓口対応、電話、会議が多く、聞こえづらさ故、働きづらさを感じていた。
2 この先25年以上、数年に一度の異動で部署を転々として働くことが辛くなり、管理職として昇任したいとも思わなくなった。
3 難聴者向けサービスの事業を実施していきたいけれど、副業が禁止されているため。
市役所は、難聴者にとって働きやすい職場か
私は、障害者雇用ではなく一般雇用の正規職員として勤務していました。
難聴者が働くうえで、給与水準がしっかりしている、これは大きなメリット。
制度上もしっかりしていて、職場にも理解がある人が多い。
でも、担当する業務によりますが、私の場合は、18年間、窓口対応部署に配属となり、電話、会議も多く、昇任していくについれ、当たり前ですが、大事な会議が増えていきました。特にコロナ禍によって、マスクとアクリル板による聞こえづらさが増し、窓口対応や会議におけるストレスはものすごいものでした。
音声認識アプリやシステムとか、配備されているんじゃないの?と思うかもしれませんが、予算との兼ね合いで、そうしたシステムは未配備でした。
そうした働きづらさや、自身のやりたいこと、転職活動で出会った会社への魅力など多くの要因やタイミングが重なり、退職したのでした。退職を決意するまでかかった期間は、2年ほど。その間、どんなことを考え、どんなことを行動に移し、自分の中で不安なく、一歩を踏み出したかについては、また別投稿でお伝えしたいと思います!
新しい職場についても、今度また紹介したいと思います!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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